2006年10月09日

さまよう刃 東野圭吾  5

最近東野漬けで食傷ぎみですが・・・重くて持ち歩くのヤなんですが・・・またまた読んでいるうちに引き込まれる本に出会ってしまいました。

出版社 / 著者からの内容紹介
蹂躙され殺された娘の復讐のため、父は犯人の一人を殺害し逃亡する。「遺族による復讐殺人」としてマスコミも大きく取り上げる。遺族に裁く権利はあるのか? 社会、マスコミそして警察まで巻き込んだ人々の心を揺さぶる復讐行の結末は!?

この本は、未成年が事件を起こすたびにTVで知識人が振り回す「少年法」の是非について
被害者の立場から、しいて言うなら一般の良識人・常識人の立場から書かれています。
極悪非道な加害者少年二人に対して、「かわいそう」と思う人はほとんどいないと思いますが
東野氏が伝えたかったことは、その良識ある人たちに自分が被害者になった時の立場に立ってもらって
「少年だから」という理由だけで罪が許されてしまう
被害者を守るというより、加害者の少年を守り、さらに初年犯罪をエスカレートさせてしまう
「少年法」の存在について問いていきます。

「少年法」については、本当に昔から議論されている気がします。
ショッキングだったのは10年ぐらい前の「酒鬼薔薇」事件のときでしょうか。
当時大学生の自分はFridayに顔と名前入りで掲載されたのを見て驚いた記憶があります。
単に「少年法」の存在を知っていて、当時確か中学生の少年の顔を名前を出すなんて・・・
といった、想像力に乏しい感想を持ちました。
「殺人をしてはいけない」「でも少年の人権も守らなければいけない」
・・・確かにそうですが、この本に書かれている被害者が受けた傷を少しでも想像できる想像力があれば
そんなに簡単に、無責任なことは言えませんでした。

この本を読んでいて、
以前読んだ「国家の品格」で藤原氏がこんなことを言っていたのを思い出しました。
 「人殺ししてはいけない」ということは論理では説明できない。
 「人殺し」という極端な例をとっても、「人を殺してはいけない」理由も
 「人を殺していい」理由もある。
 世の中には真っ黒も真っ白もない。あるのは限りなく黒に近いグレーと白に近いグレーだけ。

この本の加害者二人も、被害者が死んでしまって、しかたがなかった理由をあれこれ言います。
そんなつもりじゃなかった・・・と。悪気はなかったんだ・・・と。
それは小さい頃育った環境のせいかもしれません。
なにかトラウマになる出来事があったのかもしれません。
従って、この本の加害者二人も真っ黒ではなく、「限りなく黒に近いグレー」なんです。
それを踏まえて「少年法」の欠点を考えると
「限りなく黒に近いグレー」と「限りなく白に近いグレー」を
単に「加害者の少年も未来があるから、人権に十分配慮しなければいけない」としている
ところではないでしょうか。
少年というだけで、全ての問題をごちゃまぜにして議論してもしょうがないと思います。
「顔や名前をだしてはいけない」ケースも、
「顔や名前をだして、成人と同じ罪を問うべき」ケースもあるのだと思います。

「少年法」について大した知識もないまま、感じたことを書いてしまいました。
自分が知らないだけで、事態はもっと複雑なんだと思います。
これを機会に少年犯罪について、しばらくアンテナをたててみようかと思います。



さまよう刃


d98222 at 14:41コメント(0)トラックバック(0)読書   この記事をクリップ!

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