2006年12月09日
アジアンタムブルー 大崎善生
これもまたずいぶん前にダ・ヴィンチで「泣ける本」として紹介されていたのが気になってました。
それが映画化されることを知り、11/18から全国ロードショーということで読み始めました。
・・・そう、これは11月頭ぐらいに読んだ本です。
仕事が忙しいということを言い訳にして、読んだ本をちゃんと振り返ってあげられてません。。
この感想文を書くことにより、読んだ本が自分なりに咀嚼されるというのに、勿体無い話です。
さらにこの本の後に
・デセプションポイント(ダン・ブラウン)
・しゃばけ(畠中 恵)
・陽気なギャングが地球を回す(伊坂 幸太郎)
を読んだのですが・・・ほったらかしです。
2006年の目標にしてるぐらいだから、感想文も年を越さないようにしないと・・・
内容(「BOOK」データベースより)
葉子を癌で失ってからというもの、僕はいつもデパートの屋上で空を見上げていた―。万引きを犯し、衆人の前で手酷く痛めつけられた中学の時の心の傷、高校の先輩女性との官能的な体験、不倫による心中で夫を亡くした女性との不思議な縁、ファンの心を癒すSMの女王…。主人公・山崎が巡りあった心優しき人々と、南仏ニースでの葉子との最後の日々。青春文学の名作『パイロットフィッシュ』につづく、慟哭の恋愛小説。
ただ単純に「泣ける」というだけの話ではありませんでした。
冒頭から主人公の恋人葉子が亡くなったという前提で話が始まります。
従って「恋人が亡くなるまでの恋愛とそこから立ち直る」話であることは容易に想像できます。
でも・・・そんなに簡単なストーリーではありませんでした。
なんて言えばいいのでしょうか
とにかく多くの「死」がでてきます。
子供の頃飼っていた文鳥ヒューズの死、高校時代の憧れの先輩・不倫相手の教師・先輩の恋人の死、
中川裕美の夫の死、そして葉子の死・・・
そしてそれらの死を介して、作者が読者に伝えたいことは「生」、つまり生きることだったかと。
「死を意識すると、初めて生を感じる」と頭では理解しているのですが
この本の中で、それは鮮やかに、そして残酷に感じることができます。
逆に途中にでてくる風俗関係?肉体系?の話題も「生(性)」を強く印象付けるとともに
「死」を一際強く印象付けます。
この「生」と「死」を両方が強く印象に残る本だったので
その間をつなぐ「愛」だとか「思いやり」ということに深く感銘をうけたのだと思います。
あと印象に残ったのはA新聞の(青)のコラムの話がありました。
主人公が少年時代にヒューズの死によって、落ち込んでいた時に救われた新聞のコラムです。
なにか得体の知れないわからないものに対する恐怖は誰にでもあります。
主人公の場合、それは「死」であったのですが、このコラムによって救われます。
最後にその文をそんまま残しておきたいと思います。
自分も時間が経って読み直してみれば、また違う感じ方をするかもしれません。
それは永遠と無限の話です。
永遠という観念を考え始めると私は頭が割れそうに痛くなります。
宇宙は無限だ、と言われるとそれだけで胸が一杯になります。
おそらくそれは自分の想像力の遙かかなたにある手に負えないものだからなのでしょう。
そんな時私はあるふたつの言葉をいつも思い浮かべます。
その一。中国の古い言い伝え。
千年に一度空から天女が降りてきて、三千畳敷きの岩を羽衣で一掃きする。
そしてその岩が摩滅してなくなるまでの時間を永遠という。
その二。どこかの科学雑誌の聞きかじり。
宇宙が無限である意味はただひとつ。膨張を続けているということに他ならない。
観念には定義というものが必要で、そしてその定義は要するに自分が気に入ったり
ある程度理解できればなんでもいいんだということがわかりました。
正しい正しくないはとりあえず置いておいて、私はこのふたつの話を思い浮かべるだけで
ずいぶんほっとするのです。 (青)

アジアンタムブルー
それが映画化されることを知り、11/18から全国ロードショーということで読み始めました。
・・・そう、これは11月頭ぐらいに読んだ本です。
仕事が忙しいということを言い訳にして、読んだ本をちゃんと振り返ってあげられてません。。
この感想文を書くことにより、読んだ本が自分なりに咀嚼されるというのに、勿体無い話です。
さらにこの本の後に
・デセプションポイント(ダン・ブラウン)
・しゃばけ(畠中 恵)
・陽気なギャングが地球を回す(伊坂 幸太郎)
を読んだのですが・・・ほったらかしです。
2006年の目標にしてるぐらいだから、感想文も年を越さないようにしないと・・・
内容(「BOOK」データベースより)
葉子を癌で失ってからというもの、僕はいつもデパートの屋上で空を見上げていた―。万引きを犯し、衆人の前で手酷く痛めつけられた中学の時の心の傷、高校の先輩女性との官能的な体験、不倫による心中で夫を亡くした女性との不思議な縁、ファンの心を癒すSMの女王…。主人公・山崎が巡りあった心優しき人々と、南仏ニースでの葉子との最後の日々。青春文学の名作『パイロットフィッシュ』につづく、慟哭の恋愛小説。
ただ単純に「泣ける」というだけの話ではありませんでした。
冒頭から主人公の恋人葉子が亡くなったという前提で話が始まります。
従って「恋人が亡くなるまでの恋愛とそこから立ち直る」話であることは容易に想像できます。
でも・・・そんなに簡単なストーリーではありませんでした。
なんて言えばいいのでしょうか
とにかく多くの「死」がでてきます。
子供の頃飼っていた文鳥ヒューズの死、高校時代の憧れの先輩・不倫相手の教師・先輩の恋人の死、
中川裕美の夫の死、そして葉子の死・・・
そしてそれらの死を介して、作者が読者に伝えたいことは「生」、つまり生きることだったかと。
「死を意識すると、初めて生を感じる」と頭では理解しているのですが
この本の中で、それは鮮やかに、そして残酷に感じることができます。
逆に途中にでてくる風俗関係?肉体系?の話題も「生(性)」を強く印象付けるとともに
「死」を一際強く印象付けます。
この「生」と「死」を両方が強く印象に残る本だったので
その間をつなぐ「愛」だとか「思いやり」ということに深く感銘をうけたのだと思います。
あと印象に残ったのはA新聞の(青)のコラムの話がありました。
主人公が少年時代にヒューズの死によって、落ち込んでいた時に救われた新聞のコラムです。
なにか得体の知れないわからないものに対する恐怖は誰にでもあります。
主人公の場合、それは「死」であったのですが、このコラムによって救われます。
最後にその文をそんまま残しておきたいと思います。
自分も時間が経って読み直してみれば、また違う感じ方をするかもしれません。
それは永遠と無限の話です。
永遠という観念を考え始めると私は頭が割れそうに痛くなります。
宇宙は無限だ、と言われるとそれだけで胸が一杯になります。
おそらくそれは自分の想像力の遙かかなたにある手に負えないものだからなのでしょう。
そんな時私はあるふたつの言葉をいつも思い浮かべます。
その一。中国の古い言い伝え。
千年に一度空から天女が降りてきて、三千畳敷きの岩を羽衣で一掃きする。
そしてその岩が摩滅してなくなるまでの時間を永遠という。
その二。どこかの科学雑誌の聞きかじり。
宇宙が無限である意味はただひとつ。膨張を続けているということに他ならない。
観念には定義というものが必要で、そしてその定義は要するに自分が気に入ったり
ある程度理解できればなんでもいいんだということがわかりました。
正しい正しくないはとりあえず置いておいて、私はこのふたつの話を思い浮かべるだけで
ずいぶんほっとするのです。 (青)
アジアンタムブルー
